最底辺の10億人 ポール・コーリア著
御伽噺でも、しばしばモノの真の名前を呼ぶことで、新しい扉が開く。正しい名前とは、それくらい大切なものである。
この本が英語で大ヒットした第一の理由は、その題名にある。最底辺の10億人 The Bottom Billim B音の繰り返しは耳の奥に張り付く。この本が「アフリカ問題」でも「最貧国問題」でもなく、「ボトム・ビリオン」という名前を与えられた瞬間、世界の最底辺にいたなもなき人々が、名前を与えられたひとつの人間集団として、立ち現われる。
世界60億人のうち、約80パーセントに当たる50億人は、急速に経済が成長している国々に暮らしている。他方、底辺にある、10億人の住む諸国は、脱落し、崩壊し、事実上14世紀と同じ状況に取り残されている。これらの諸国は、アフリカと中央アジアに集中しているが、、それ以外の地域にも拡散している。
「最底辺の10億人」がその状況から抜け出せない理由は、紛争、天然資源、内陸国であること、劣悪なガバナンス(統治)、の四つの罠にとらわれているからである。日本は自らを「資源のない国」と卑下してきたが、実はこれらは成長のための幸運な条件であった。間違えて天然資源など見つかってしまうと、通貨は高騰し、生産物は輸出競争力を失い、産業は空洞化する。しかもグローバル化は、最底辺からの脱出と成長の開始を、さらに難しくしており、自力での状況改善は限りなく難しい。
援助問題は、これまで左派にとっては植民地主義に対する贖罪であり、右派にとっては無能なものへの施しであった。著者はこのような情緒的アプローチを統計的な証拠によって粉砕し、援助に頼りすぎるのではなく、それを軍事介入、法と国際憲章、貿易政策という手段と並行して用いることにより、打開策を見出そうと提唱する。「これこそG8の議題でなければならない」という結論は、明日から集まる指導者に向けられている。
2008/7/6 洞爺湖サミット前日 読売新聞 書評