失敗学( 畑村洋太郎 「失敗学のすすめ」 講談社 による)
2001/02/18 (日)
文責 寺内
失敗から学ぶということは、過去から言われてきているが、ほとんどうまくいっていない。これは失敗そのものに「回り道」「不必要なもの」「忌み嫌われるもの」「隠すべきもの」といった負のイメージが常に付きまとってきたせいといえる。
一方、創造的な仕事をしなければならない場合、「こうすればうまくいく」という成功話だけではどこかで見聞きした企画しか出来ず、むしろ、「こうやるとまずくなる」という失敗話によって、人と同じ失敗をする時間と手間を省きながら、ワンランク上の次元からスタートすることが出来る。
さらに、教育上でのメリットが一番大きい。(畑村は教育者)正しいやり方だけを学んだ学生はパターン化された既成の問題にはきちんと対応できても、実際に新しいものを自分たちで考えて作らせてみると、こうした知識をほとんど身につけることが出来ていない。
予期しないことが起こり、思い通りにならない経験から真の理解の必要を自らが痛感することだけが成長のバネである。大事なことは、一つは学ぶ人間が自分自身で実際に「痛い目」にあうこと、もう一つは自分で体験しないまでも、人が「痛い目」にあった体験を正しい知識と共に伝えること。
実は「痛い話」というのは、「人が成功した話」よりずっとよく聞き手の頭に入る。
■失敗には階層性がある。
この図では、失敗の現れ方の階層性と同時に、失敗原因にも同じような階層性があることをあらわしている。
例 工場の死傷事故
事故を起こした人の誤判断
↓
作業を一緒に進めるグループが安全対策を忙しさのあまりしていなかった
↓
熟練していないものに機械操作をまかせていた。
↓
コスト削減にばかり目がいき、サービス残業等の形で従業員に負担をかける。そのような環境作りを進めていた企業経営の問題。
↓
あまりに行き過ぎであれば、監督官庁としての行政の怠慢に責任があるとも言える。
階層の上にいる者は自分に責任が及ぶことを怖れて、失敗の責任を下のものに転嫁することがよくある。(例 医療ミス→すべて看護婦の不注意)
■ よい失敗、悪い失敗
失敗には[許される失敗]と[許される失敗]がある。あるいは[よい失敗]と[悪い失敗]とも言える。
[よい失敗とかんがえられるもの]
① 階層図にある未知への遭遇という部分に含まれる失敗は、細心の注意を払って対処しようにも防ぎようのない失敗をであり、かつ、この失敗から人々が学び、その経験を生かすことに成功できた場合。(例 タコマ橋の振動破壊、金属疲労破壊によるコメット機事故など)
② 上記の個人版ともいえる、人が成長する上で必ず通過しなければならない失敗。これを経験しなければ、人は成長できない。
[悪い失敗]
① 上記のよい失敗以外のすべて
② 個人の成長に関わる失敗でも、あまりにまわりに与える影響が大きすぎるもの。ひとりの成長のためにまわりが大きな多大な被害をこうむるというのはおかしい。
本来、経験的に学ぶべき[よい失敗]は数としては少ない。失敗体験から本質的な部分を理解して知識にするには、わずかな自分の経験と、他人のいくつかの典型的な失敗体験の情報があれば十分。
■失敗の原因を分類する。
① 無知
② 不注意
③ 手順の不順守
④ 誤判断
⑤ 調査・検討の不足:判断する人が当然知っていなければならない知識や情報を持っていないことにより起こる失敗。判断者が優秀なら、自分の判断が間違ったときのことも草薙氏、その場合の処置を考えているケースもある。
⑥ 制約条件の変化:何かを創り出したり、あるいは企画するとき、必ずあらかじめある種の制約条件を想定してことをはじめます。そのとき、肇に想定した制約条件が時間の経過と共に代わり、そのために思っても見なかった形で好ましくないことが起こるのが制約条件の変化による失敗です。
⑦ 企画不良:企画ないし、計画そのものに問題がある失敗。
⑧ 価値観不良:自分ない指示文の組織の価値観が周りと食い違っているときの起こる失敗。過去の成功体験だけを頼りにしたり、組織内のルールばかりに目を向けていると経済、法律、文化などの面からいわゆる常識的な評価がきちんとできなくなり、この種の失敗に陥りやすい。
⑨ 組織運営不良:組織事態がきちんと物事を進めるだけの能力を有していないケースでの失敗。
⑩ 未知
■ 大失敗を誘発する樹木構造(ツリー構造)
(略)
○ 別の部署の失敗は伝わらない。
○ 樹木構造に表現されないリンクが存在する。
○ 途中変更が諸悪の根源
○ 手配漏れに誰もが気づかない。
■ 樹木構造の弱点を補うには
○ 樹木構造の見えないリンクを知り尽くし、全体の動きをトータルに管理・監督する役割が必要。
■ 失敗は成長する
ハインリッヒの法則
「1件の重大災害の裏には、29件のかすり傷程度の軽災害があり、さらにその裏側にはケガではないものの300件のヒヤリとして体験が存在する」
(労働災害の発生確率)
新聞沙汰になるような事故やトラブルが、「ある日突然降ってわいたように現れた」というようなことはありえない。過去をふりかえっても、そのようなケースはなく、雪印の集団食中毒やJOCの臨界事故などでも、企業不祥事の原因を調査すると、むしろ「今までよく事件・事故が起こらなかった」という率直な思いにぶつかることのほうが多い。
そうだとすると、仮に、「まずい」という体験があったときに何らかの防止策を打つことが出来れば、失敗の成長は止められるということがいえる。それをせずに放置すれば、数は少ないにしても、より影響力の大きなクレームという形の失敗が芽を出すことになる。
そこでも防止策が打てなければ、失敗はさらに大きな形で現れ、まわりに多大な被害を与える致命的失敗へ成長するというのが、まさに「失敗のハインリッヒの法則」の考え方。
■ 失敗は予測できる
ハインリッヒの法則を逆から見れば、重大な失敗の前には、現象として認識できる失敗が約30件はあり、その裏には「まずい」と感じた程度の失敗と呼べないものも含めて300件の小失敗があるわけだから、アンテナさえしっかり持っていれば、失敗は予測できるともいえるはずである。
人は誰でも失敗をしたら「出来ればこんなことを起こしたくない」と思っているはずだから、理屈としては、こんな単純なことが出来てこなかったこと自体が不思議でもある。
しかし、現実には、失敗の予兆は放置されることがほとんどである。なぜなら、失敗は「忌み嫌うもの」であり、出来れば「見たくない」という意識が全員の中にあるからだといえる。人は「見たくないものは、見えない」
4/4