老人はいたわるべきのもか?
2001/06/06 (水)
かつて儒教の徳目の中の大きな物として、『孝』というのがあった。親孝行の孝である。『孝』の重要さは、親がなくなる共に服するとして、官職を投げ出させてしまうような圧力があったということにも現れている。科挙試験にうかり、ようやく手に入れた官職を親が死ねば、放り出さなければ、「不孝者』として白い目で見られるのである。人間として、基本的なものが欠けている、とされた。
戦後、一転、親孝行なる言葉の重みが徹底的に軽くなった。同居することすらが嫌われ、ジジ付、ババ付が最悪の条件となった。あげく、臭うとまでいわれることすらある。老醜の漢字が聞き間違いのような気もするが…
代わって、老人だからいたわれという。シルバーシートは、老人と体の不自由な人のための席である。年をとる事は、障害を持つことと同等なのだ。
なにかおかしい。
戦前の家族制度への嫌悪感もあるだろう。核家族化し、身近に年寄りがいなくなっていることも大きい。家族が、老人のスペースをまったく持っていない。
一方、美しくない老人も多すぎる。