Group:=terra 刃を研ぐ
Title:=失敗を積極利用する
From :=00/8/31 読売新聞 朝刊
Create:=00/09/01 7:17
Udate :=00/09/29 16:50
失敗を積極利用しよう
畑村 洋太郎 東大教授
うまく行く方法を教えるよりも、まずくなった筋道を教えるほうがよほど効果が大きい。
そして、失敗の積極利用の必要性を痛感し、「続々・実際の設計ー失敗に学ぶ−」を出版した。
それらの活動から、
失敗には許される失敗と許されない失敗があること、
行動してして失敗をしなければ知識や経験の受け入れの素地としての体感・実感は得られないこと、
この体感・実感が教育や技術伝達の基本であること、などを知った。
つまり、失敗の見方を変え、積極的な取り扱いが必要だと学んだのである。
失敗を捉える視点を考える。
失敗の原因は多層に重なっており、多くの様相で結果が現れる。単一の原因だけで失敗が生まれることはまれで、その場合の結果が軽微だ。
技術分野の失敗をそれを技術的な側面から取り扱うのは当然であり、場合によっては責任追及も必要になる。しかし、心理的・経済的・法律的・社会文化的・経営的側面からの取り扱いも必須である。すなわち、失敗を立体的に捉える必要がある。
失敗知識の伝達について考えよう。
失敗知識の活用にはその伝達が不可欠だが、失敗事例の情報のままではなにも伝わらない。失敗情報から構造性を持った失敗知識にまで高めて初めて伝達可能となる。
受けて側からすると,結果についてだけ知らされても何もわからない。そこに到る脈絡まで知ったときにはじめてわかる。つまり,失敗に到る脈絡と知識の記述ではじめて伝達可能である。
失敗を生かすためにいくつか肝に銘じておく必要のあることがある。
①原因究明と責任追及を分離する。失敗情報はもともと隠れたがる。原因究明と責任追及を完全に分離しないと真の原因をつかめず,失敗を生かせない。
②失敗は予測できる。予測してそれを防がないのは,失敗の下地を放置し,予兆を無視し,顕在化させない力が働くからである。
③産業が成熟すると,社会的影響が大きいにもかかわらず,すべての作業がマニュアル化・単一化される。システムは外乱に対し硬直化・脆弱化する。これが顕著に現れているのが,原子力・半導体・大領輸送機関・食品・医療などである。
④部分的に最適化することが全体にとって最悪をもたらす。全体を知り,自分の仕事が全体とどう係わるかを知って働く人間を育てる意外に王道はない。
⑤管理の強化では失敗は防げない。精神論も役に立たない。失敗の特性を知った工夫が必要である。
これらの考えを元にして,失敗を生かす具体的方策として,次の三つを提案したい。
一つは、失敗知識のデータベース作りだ。単に多数の失敗事例を集めても誰も使わない。使う人が欲しくなる,事象・経過・推定原因・対処・結果・総括などで記載し,原因・経過・結果について典型的なもので構成されるようにする。
二つ目は、失敗の知識と体験が得られる場を提供することだ。例えば,過去の技術的失敗や事故の展示,ネットワークによる発信,失敗の疑似体験の提供などを行う失敗博物館を作ってはどうか。
三つ目は,失敗を生かしたほうが特になる経済システムの構築だ。全企業活動の評価に環境対策と同じく失敗対策を施すことがプラスに算定される時価会計方式を創出するのはとても有効であろう。
畑村 洋太郎
東大大学院修士課程修了。日立製作所勤務を経て現職。専門は産業機械工学。